4月のビリオネアアカデミーのテーマ「渋沢栄一」にちなんで、みんなで深谷へ行って参りました。

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渋沢栄一の生誕地や所縁の地を見学して参りました!

カテゴリー:竹井佑介ブログ

渋沢栄一記念館の前で記念撮影

4月29日(土)は埼玉県の深谷市へ、渋沢栄一生誕の地ということで、ビリアカの仲間たちと訪れました。

彼がどういう人生を歩んできたのか、仲間たちと非常に深く学ばせていただきました。

渋沢栄一記念館で解説をいただく竹井佑介とビリアカの皆様
旧煉瓦製造施設で学ぶ竹井佑介とビリアカの皆様
旧煉瓦製造施設横の事務所兼展示室で学ぶ竹井佑介とビリアカの皆様

500社にものぼる会社を作り、そして600もの慈善団体を支援し、応援してきたという本当に驚異的な人物です。

しかも江戸時代、1840年の天保に生まれてそこから昭和の時代まで生きた、非常に長寿の方でもありました(享年91歳)。

例えば国立第一銀行(現:みずほ銀行)であったり、王子製紙であったり、東京瓦斯(現:東京ガス)であったり、未だに続いている世の中の基礎となるようなものを作って来た、本当に「巨人」という言葉がぴったりな方ではないかなと思います。


岩崎弥太郎ですら「男爵」でありましたが、渋沢栄一はさらに上の「子爵」まで取っています。

これを経済人で取ったのは未だに歴史上、彼しかいないということだそうです。

常に論語を携帯していた渋沢栄一

渋沢栄一記念館で渋沢栄一像の前で記念撮影

彼は晩年、ラジオ放送で平和について語っているのですが、その反響も多大にあったことからノーベル平和賞の候補にもなったような方です。

彼から学ぶことは、我々経済人にとって非常に多いのではないかなと思います。

常に論語を手元に携えて、それをベースにして形容していかれていましたが、当時の商売人といえば、「人物」がいないと彼も本に書いています。

要は商売が上手くて金を稼ぐのは上手い人はいるけれども、「大人(タオレン)」と言う大人物が本当にいない、つまり「徳」を兼ね備えた人物が本当にいないと。

自分がそういう人になって、世の中に貢献していこうということで大蔵省をやめて、当時は下賤とされていた商売の道に行って、国を支えていくと決めたそうです。

大蔵省にいたからこそ、お金の工面、税金の工面、そういったことができないと国が支えられないということも重々理解されていたでしょう。

このような巨人を先輩に持てたということは、非常に我々にとって有難いことではないかなと思います。

渋沢栄一の生家があった場所、「中ん家」にもお邪魔いたしました。

渋沢栄一の生家があった「中ん家」で記念撮影

29日の最後に訪れた生家「中ん家」で、”せしたさん”という方が案内をしてくださいましたが、

「身長は五尺、位は子爵、三尺下がって師の影踏まず」

と冗談をおっしゃっておりました。

五尺(1尺は約30.3cmなので、約151.5cm)と身長が低い中、たくさんの運も兼ね備え、幕臣側だったにも関わらず失脚せずに天寿を全うして、しかも世の中にこれだけ貢献できたということは非常に学ぶことも多いなと思います。

ということで、これをきっかけにして、皆さんも「論語と算盤」など、彼についての本を読んでいただければすごく嬉しいなと思います。

どうもありがとうございました。

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渋沢栄一の旧煉瓦製造施設事務所前で記念撮影

今回のお話は、4月30日に弊社の無料メルマガ「NLメルマガ」で配信した内容の中から一部抜粋してお送りいたしました。

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